富山県にいる。 私が思うところの私では無くなっているとわたし自身が感じている今何かを突きつけられても何も反応することができなくて私はただただ雨晴海岸に緩やかに寄せては帰る波に目を奪われていた。それを見ていることしかできない、というのが本当のところだ。でもそれでよかったと思っている。私以外のすべてはとても収まりよくその枠の中にきちんと並んでいる。